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2016年5月29日日曜日

通訳という不思議な職業…?上級編

いつも楽しく読ませていただいている『日本とアメリカで働く翻訳者のブログ』。

そのなかの「謎の職業?翻訳者」と「翻訳者と通訳者の大きな違い」という2つの最近の記事を受けて、通訳の視点から書いてみました。(はなさんからは了承をいただいています)。

「通訳という不思議な職業?上級編」ということで「入門編」の続きです。

「翻訳者さん?じゃあ、アメリカに行ったときに通訳して!」と言われるという話ですが、通訳者がその逆(「〇〇に行ったときについでに翻訳して!」)と言われることはさすがにないですが、それでも「ついでに翻訳してもらえます?」と訊かれることは、結構あります。

これ、困るんですよね。例えば、以前、法律事務所で刑事裁判の抗告の案件でバリスタ―(barrister = 法廷弁護士)と被告との打ち合わせを通訳したとき「これ翻訳しといてくれる?」とバリスターに言われたことがありました。裁判なので書類をたくさん前にしての打ち合わせです。もちろん「通訳倫理上できません」とお断りしましたが、バリスター当人はキョトンとしていました。

LEP(限定的英語熟達者、この場合日本語話者のユーザー)がバリスターが引用しながら説明する内容についていけるように、通訳者はサイトラという書かれた文章を口頭でアウトプットすることはしますが、書面から書面である翻訳作業はしてはいけないことになっています。

「アナウンサーと作家ほども仕事の内容が違う」というのはほんと、すばらしいアナロジー。私も、この通りだと思いますね。通訳では走りながら考え、考えながら走るけれど、翻訳はそうではない。その分、翻訳という作業は比重の高い表現を練り上げる仕事、という印象があります。

それから「英語を日本語に置き換えるだけ」じゃない話は、もちろん通訳も同じです。

前のブログ(通訳という不思議な職業~入門編)に挙げた「記憶にとどめる」ことが追加負担であることはもちろん、意味を伝えることが、表面的に語を置き換えることよりも大切なのは言うまでもないと思います。映画の英語版と日本語版で「Broccoli」がピーマンになったと紹介されているのと同じように、そうでないとその場で通じませんから。

通訳も翻訳もやるけど得意が分かれるというのは、その通りだと思います。はなさんがおっしゃっている「通訳は大まかに大胆に、翻訳は緻密に細かく」というのもあると思います。

人と接するのが好きな人とあまり好きではない人で「好み」というか、得意不得意が分かれる場合もあれば、短距離ランナー型、一か所集中型で業務が終わったらさっさと家に帰る、あるいは呑みに行く!のようなオンオフが明確にあります。

翻訳は納品してクライアントから終了を言い渡されるまでは、なかなかそうは行きませんよね。その働き方の好みや適性で分かれると言えるかもしれません。

通訳と翻訳の違いで意外なものとしては、職業保険の保険料が違うこと。基本的に家で作業する翻訳者と違い、通訳者はいつも外出します。今日はここ、明日はあそこ、と仕事場所もお客さんもいつも違う。国をまたいで移動することも多いので翻訳者よりも保険料が高い。←私の場合

現在の保険に入るとき、Translatorとして見積もりを出されたので「念のためInterpreterで調べなおして」と言ったところ、保険会社の担当者も「金額が違いました、私もこれまで知りませんでした。」と驚いていました。

たしか、日本では課税方法も違ったと思います。源泉徴収される場合とされない場合がありましたよね。どちらがどちらか忘れましたが…。

Photo: http://www.123rf.com/photo_27157317_translation-and-interpreting-love.html


(つづく)

2016年5月22日日曜日

通訳という不思議な職業…?入門編


いつも楽しく読ませていただいている『日本とアメリカで働く翻訳者のブログ』。

そのなかの「謎の職業?翻訳者」と「翻訳者と通訳者の大きな違い」という2つの最近の記事。

これを受けて通訳の視点から書いてみました。(はなさんにはご了承をいただいています)

このブログオーナーのランサムはなさんとは面識があり、尊敬する翻訳者さんです。

はなさん、これから通訳の勉強をされるんですね!がんばってください。応援しています!

それでは、さっそく書いていきたいと思います。

まず、はなさんが異業種の方々と交流していてほとんどの方に言われるという「翻訳の人って、今まで会ったことがない」というもの。通訳はどうでしょうか。

翻訳と違い、あまり家でやる仕事ではないので、私個人の経験ではさすがに言われたことがないですが、翻訳と通訳とを同義に思っている人が多いのは確かです。

通訳の場合、仕事を通して人と会うことが多いので、上記のやり取り自体があり得ないということもあるかもしれません。

それでもオンラインなどでフォームに記入するときなど、職業や業種を選ぶドロップダウンメニューの中にいまだに含まれていないところを見ると、両方とも、やはり知られていない、誤解されている職業なのかもしれません。歴史の古い仕事なんですけどね。

通訳で圧倒的に多い勘違いは「英語(他言語)が話せればできるんでしょ?」と思われていることです。日本(人)にはまだまだ日本語しか話さない人が多いから通訳が必要だけど、みんながもっと英語が話せるようになれば、通訳なんて「この世からなくなる仕事だ」と思っている人の多いこと!

さすがにこれを面と向かって言われることはないですけれど、相手がそういうふうに考えている時、いくらなんでもわかりますよ。

通訳という仕事に対する誤解の中で、声高に言いたいと常日頃思っているのが、通訳するスキル=外国語が話せる「ではない」こと。

通訳するときに必要なスキルの中でつくづく忘れられているな、と思うのは「記憶保持」。

通訳とは、平たく言うと、話されたことを順番通りに、理解し、覚えておき、もう一つの言語で再現するという作業ですから「正確に」「覚えておく」というスキルが「ものすごく」大切なのです。

どうでしょうか、外国語を勉強するとき、書く・読む・聞く・話すの4スキルは練習するけれど人のスピーチをそっくりそのまま「記憶する」練習なんてしますか?しませんよね? 

学生時代にE.S.S.に入っていたのですが、そのスピーチ委員会に入っていた人たちはキング牧師の「I have a dream」のスピーチを毎日毎日練習して、マントラのように唱えて丸暗記するまでやっていました。そのような場合はともかく、普通に語学を勉強するときに、人の話を要素を漏らさず「再現するつもり」で聞いている人はいないと思います。

記憶保持(リテンションと言います)のスキルだけについていえば、外国語スキルとは関係がなく、単一言語でも練習ができる。通訳するにはなくてはならないスキルだけれど、外国語能力とは別の能力です。

翻訳と通訳で似ているところは、まず高度な語学力が必要なところ。「確かに英語は勉強しているから、知識はある…だけど、しゃべれるかどうかは全く別の話」 ― そう、聞いてわかるのと同じレベルで話せるかと言ったら、そうじゃないのは、中学高校大学と10年も勉強してきたのに英語が話せない人が圧倒的に多いことからも明らかですね。

それでも、聞く分にはある程度はわかるという人も多いはず。ところが、それと同じくらい話せるかというと、そうではない。受け身の力だからです。

「英語がしゃべれない翻訳者は実はたくさんいる」というのも本当に翻訳者同士では珍しくもなんともない話で、通訳者だってこのことは知っています。

それから「辞書なんていらないでしょ?」と思われるのは通訳者も同じで、いきなり「○○って何(ていうの)?」と出し抜けに辞書代わりとばかりに質問されることも少なくありません。

コンテクスト(周辺情報)なしでは特定できないのは翻訳も通訳も同じですよね。

photo : slideshare.net

(つづく)

2016年5月15日日曜日

エージェントは競争相手か?



つまり、直接のクライアントを持つ翻訳者にとって、エージェントは競争相手か?
さらには、エージェントにとって、直接のクライアントを持つ翻訳者は競争相手か? 
という問いに対して。

フリーランスで仕事をしていますが、クライアントが直接のお客様の時もあれば、エージェントの時もあります。

結論から言うと、直接のお客様がいるからといって、エージェントのことをライバル、競争相手だとは思いませんし、エージェントから見ても、直接の顧客を持つフリーランスが競合であるべきだとも思いません。

選択肢が増えるということは市場にとって好ましいことですし、業界にとってもポジティブなことだと思います。

実を言うと、何年か前、直接の顧客を持ったり、ウェブサイトを持ったりしてそのことを告知することは、エージェントを敵に回すことになるのではないか、そんな心配をしたこともありました。

今はそのようなものではないのではないか、構図である必要はないし、そうではないんだな、と思うに至りました。

それは、案件によって、個人に適したプロジェクトと、エージェントに適したプロジェクトがある、と思うからです。

フリーランスになってしばらくは、エージェントからのお仕事がほとんどでした。

非常に大きなボリュームのものを大勢で手分けするというプロジェクトにも関わらせていただき、そのおかげで、大変勉強になりました。


そういった経験は、個人で終始対応するタイプの仕事では、まず得られません。

このように、エージェント経由のプロジェクトから翻訳者が得られるものは大きいものです。

では、個人、つまりフリーランスの依頼に適したプロジェクトには、どんなものがあるか。

まず、英語から日本語など、対象言語が単一で、量も小~中規模の場合は個人のほうが「取り回し」が小さくて済む分、コミュニケーションが単純化される。時間も労力もセーブできるので効率的だと言えると思います。

一方、エージェントへの依頼が適したプロジェクトは、個人ですべてまかなうことが不可能なもの、あるいはそれに向いていないものだと思います。

例えば、多言語化プロジェクトで、ボリュームが相当にある場合、言語をまたいだ統一感や統一性が求められます。

表記や表現などが統一されているかどうかは、翻訳のクオリティの良し悪しを左右する基本的な部分ですから。

専任のプロジェクトマネージャーがスタイルガイドをまとめたり、チェック作業を行う。それらを含めた一連のプロセスを一か所でまとめられるエージェントを利用するのが効果的だと思うのです。

また、ボリュームの大きな案件はどうか。個人で対応しきれるか。

これは納期に余裕があるのであれば、ひとりでも対応が可能だと思いますが、納期が悠々としている案件は少ない。つまり、量に対して納期がタイトなのであれば、手分けする必要が出てくるでしょう。

その場合、訳語や表現の統一など、品質管理が単独の翻訳者の場合に比べて、複雑になるので、その点に関しては注意が必要だと思いますが…。

では、納期は短く、量は多いので「それでは即エージェントに依頼!」かというと、残念ながら話はそれほど単純ではありません。

エージェントでも、対象言語に対応できるプロジェクトマネージャーを抱えていないところでは、たとえ多言語に対応しているエージェントであっても、日本語に対応できるプロジェクトマネージャーがいるとは限りません。

それなら、日本語を目標言語(アウトプットされる言語)にしている翻訳者でチームを組み、そのチームのなかでコーディネーターを決め、プロジェクトマネージメント、品質管理を行う方が賢明ではないか、と個人的には思います。

反対に、直接のクライアントの仕事であれば、中継点が少ないため、コミュニケーションの時間短縮が長所のひとつ。

その一方で、情報のやり取り、ファイルのやり取りやデータの保管など、その点におけるクライアントの不安材料を取り除く努力、エージェントが担っている責任を、直接自分が担うという認識を備えるなど、意識的な努力が必要になることも。

結局、直接のクライアントを持つ翻訳者にとって「エージェントは競争相手か?」

そして、エージェントにとって「直接のクライアントを持つ翻訳者は競争相手か?」

と考えてみましたが、私はエージェントとの関係は「競争相手」ではなく「パートナーシップ」だと思います。